「さて、面白くなってきやがった」と、めまいに言えるか。
「もう無理だ」
そう思った瞬間、画面の前で手が止まった。徹夜明けの朝、提出したファイルには致命的なミスがあった。取り返しのつかない失敗だと、頭ではわかっていた。でも体は動かなかった。そのまま3日間、布団から出られなかった。
めまいがした。ふわふわと、足元が定まらない感覚。天井がゆっくり回っているような気がした。
あの時、私は限界まで抱え込んでいた。
難しい案件だとわかっていた。でも断れなかった。以前、似たような状況で上司に相談したとき、アドバイスも手助けも何もなかった。「この会社では誰も頼れない」——そう学習してしまっていたから、今度は最初から一人でやろうとした。
徹夜が続いた。体が悲鳴を上げていた。それでも「もう少し、もう少し」と自分に言い聞かせた。
結局、失敗した。敗戦処理には周りが手を貸してくれた。でも進行中は誰も来なかった。3日間、茫然自失で何も考えられなかった。ただ、天井を見ていた。
「そのまま辞めていたら、どうなっていたのだろう」
今でも、ふと思う。
東海大学医学部の五島史行教授によれば、ストレスからくるめまいは「いい人タイプ」に出やすいという。空気を読んで気を遣いすぎる、頼まれごとを断れない、周りに振り回されやすい——そんな人ほど、治りにくいめまいを抱えやすい。
読んで、ドキッとした人もいるんじゃないだろうか。
自律神経のバランスが乱れると、ふわふわするめまいや頭の重さが出やすくなる。体は正直だ。心が「もう限界」と言えない代わりに、足元をぐらつかせて教えてくれる。
あのとき私が感じたふわふわ感は、体からのSOSだったのかもしれない。
ここで、少し意外な話をしたい。
ルパン三世に登場する次元大介というキャラクターがいる。拳銃の腕前は超一流、クールで無口なハードボイルドな男だ。彼には口癖がある。絶体絶命のピンチに追い込まれたとき、不敵な笑みを浮かべてこう言うのだ。
「さて、面白くなってきやがった」
逃げ場のない窮地を、「災難」ではなく「スリル」として受け入れる。抗うのではなく、その状況ごと楽しんでしまう。それが次元の強さだ。
五島教授が提唱する「ジャマイカ療法」は、実はこれに近い発想だと私は思う。
うまくいかないことがあったとき、「じゃ、ま、いっか」と5回唱えて気持ちを切り替える。完璧でなくていい、今日はここまででいい、と自分に言い聞かせる。これは「諦め」ではない。状況をそのまま受け入れる「構え」だ。
次元が絶望を「面白さ」に変換するように、「じゃ、まいっか」は追い詰められた心を「まあ、なんとかなる」に変換する技術なのだ。
正直に言う。私は今でも、すぐに抱え込もうとする。染みついた癖は、そう簡単には消えない。
でも、少しずつ変わってきた。
今の職場では「何でも報告して」と言ってもらえる。最初はその言葉を信じられなかった。でも、おそるおそる小さなことを相談してみた。ちゃんと受け止めてもらえた。それを何度か繰り返すうちに、「頼ってもいいんだ」という感覚が、少しずつ体に馴染んできた。
五島教授はこう言っている。「小さな成功体験とセットにすると効果的です」と。
今日は夕飯を作らなくても「じゃ、まいっか」。 今日は誰かに頼っても「じゃ、まいっか」。
その積み重ねが、ストレスとめまいのリスクを下げていく。
めまいは弱さのサインじゃない。
頑張りすぎた体が、「そろそろ生き方を変える時だよ」と送ってくるメッセージだ。次元大介なら、そのサインにニヤリと笑って言うだろう。
「さて、面白くなってきやがった」——と。
完璧じゃなくていい。一人で抱え込まなくていい。今まさに苦しんでいるあなたへ。体が足元をぐらつかせているなら、それは「じゃ、まいっか」と言っていい合図かもしれない。