秋風ぞ吹く――台風を背に、会津から越後へ、湯をめぐる三日間

投稿者: | 2026年9月21日

「これから台風が来るっていうのに、二泊三日で出かけるなんて、我ながらどうかしているんじゃないか」

三連休の前日、天気図を眺めながら、何度もそう自問した。台風25号は背中を追いかけてくるように北上してくる。このまま行っていいものかどうか、正直、最後まで迷った。それでも結局、行くことに決めた。行き先も決め切れないまま、コーヒーと給油だけ済ませて家を出る。勿来関から白河関を経由して会津若松まで、そこから先は天気を見ながら決めればいい――そのくらいの構えで、二泊三日は始まった。終わってみれば、この三日間でくぐった温泉は五つ。数えてみて初めて、自分がいつのまにか「温泉巡り」という趣味を育てていたことに気づく。

一日目、境界線をなぞる

常磐道を降りて最初に向かったのは勿来関。位置すら確定していない史跡だと知って、拍子抜けするような、それでいて妙に納得するような気持ちになった。境界というのは、案外そういうものなのかもしれない。隣接する図書館の書棚に地域資料がぎっしり詰まっているのを見て、以前どこかで聞いた「図書館の使命の一つは地元のアーカイブを残すことだ」という言葉をふと思い出した。今度、こういう図書館を巡る企画をやってみたい。

白河関では、松平定信がここだと定めた場所に立ち、隣の白河神社に手を合わせた。そこから急に思い立って寄ったハリストス正教会は、横浜で見た教会とよく似た、小ぶりで可愛らしい佇まいだった。新卒で飛び込み営業をしていた頃、最初に契約をくれたのがお茶の水の正教会だったことを、ハンドルを握りながら思い出す。あの頃は地図を片手に道に迷って、何キロも歩いた。迷った末にたどり着いた扉の向こうで、最初の契約が待っていた。そう思うと、道に迷うのもあながち悪いことではないのかもしれない。

昼も食べずに車を走らせているうちに、気づけば午後になっていた。さすがに少しお腹が減ってきて、昼食をどこで食べるか考え始めた頃、この日一湯目の温泉にたどり着いた。藤沼貯水池のそばにある、地元の人向けの日帰り温泉。アルカリ泉のせいか肌の当たりが柔らかく、内湯と小さな露天の二つだけ、洗い場もそう広くはない。飾り気のない、けれど確かに効く湯だった。走り疲れた体には、この飾らなさがちょうどよかった。「一湯目としてはなかなかいい湯に当たった」――そんな独り言が漏れる。

汗を流してさっぱりしたところで、昼食探しを再開する。地図アプリに相談してみたものの、これという店がなかなか見つからない。そうこうしているうちに時間ばかりが過ぎて、結局、昼食は食べずじまいになった。こうなると、次は夕飯だ。ところが、この時間から間に合いそうなのはどこも居酒屋ばかり。一人で暖簾をくぐるには少しハードルが高くて、チェーン店に落ち着いた。街灯もない真っ暗な山道を抜けて、いつもの道の駅にたどり着いたのは夜八時過ぎ。連休の車中泊組が数百台と聞かされて驚く。隣のアイドリング音に少し苛立ちながらも、横になれることのありがたさを噛みしめて眠った。

二日目、三十三の観音と、三つの湯

翌朝、立ち寄った小さなお寺が会津三十三観音の一番札所だと知る。社務所も駐車場もなく、御朱印は近所の家でいただく形式。坂東三十三観音のイメージとはまるで違う、生活に溶け込んだ信仰の姿だった。近くには住職のいないお堂がいくつも点在していて、これはもしかすると、寺院というより地域の死者を弔うための場所なのではないか、と考えながら集落をジムニーで流した。

この日は温泉を三湯はしごすることになる。

一湯目は、只見川と山を見渡す露天風呂。畳敷きの休憩室を横目に露天へ出ると、心がふっとゆるむのがわかる。浮世の嫌なことをしばらく忘れられるような、そんな湯だった。連休のせいか、いつもより随分と混んでいて、こんなに賑わっているのを見るのは初めてかもしれない。せっかくだから一句、と思い立ったものの、季語がひとつも浮かんでこない。しばらく離れていると、こういう感覚はあっさり鈍るものらしい。題材にするなら、静かな只見川と、その前にそびえる山と、ポツンと二、三軒だけ佇む温泉宿――そんな景色だったのだけれど。近くには渡し船で川霧の中を進める場所もあるらしく、いつか乗ってみたいと思いながら、その日は先を急いだ。

二湯目は、道に迷いながらたどり着いた共同浴場。目指していた湯とは別の、地元の人が使う内湯ひとつだけの施設に案内された格好だったが、それはそれで面白い。洗い場もなく、温度は四十四度ほどとかなり熱め。車を止める場所すら分からず、あちこち行きつ戻りつしながらようやく辿り着く。湯に浸かっていると、遠方から来たという入浴客が一人、戸惑いながら入ってきた。地元の共同浴場というのは、こういう出会い方をするものらしい。

三湯目、この日最後の湯は、洗い場もある分だけ少し快適な共同浴場。隣の宿に泊まっているという入浴客と、湯船で自然と言葉を交わすことになった。聞けば、この辺りの立ち寄り湯はほとんど制覇しているという筋金入りの温泉マニアで、自分などまだまだ入り口に立ったばかりだと思い知らされる。台風の話にもなり、「今日中に帰るより、もう一泊してやり過ごしてから帰った方がいいんじゃないか」とアドバイスをもらった。もっともな話だと思いつつ、結局はもとの予定通りに動くことになるのだけれど。冬場の積雪やチェーンの要否を聞きそびれたことに、湯から上がってから気づいた。宿に着いたら誰かに確認してみようと思い直す。共同浴場を続けて三つはさすがに効くもので、二湯目・三湯目の間隔が短かったこともあり、湯上がりにはずいぶんと体が火照っていた。

只見線の鉄橋を撮ったところで、「ここ、前にも撮った気がする」と気づいた。夏に来たときも同じ場所で撮っていたはずなのに、なぜ今の今まで思い出さなかったのか。いつ、どこで、何をしたのか。記憶はどんどん曖昧になっていく。だからこうして独り言を録音して、後から辿れるようにしているのだと、改めて思う。

夜、宿にたどり着いた頃には五百キロを超えて走っていた。夕飯の食堂に向かうと、見覚えのある顔がある。今年の夏、初めてこの宿に泊まったとき、食堂で同じ部屋になった人だった。まさかまた同じ席で顔を合わせるとは思っておらず、ちょっと驚いた。聞けば、この町を訪れるのはもう十九回目になるという。せっかくなので「この町の魅力は何ですか」と聞いてみた。返ってきたのは「便利な秘境」という言葉。只見線もバスも鉄道の乗り継ぎもあって、見た目ほど不便ではないのだという。その響きが妙に気に入って、その夜はしばらく頭の中で転がしていた。

三日目、雨と峠と、店の名前

翌朝、宿を発つ頃には、天気予報も出発前とは少し様変わりしていた。雨のピークはむしろ帰り着く頃の関東の方に来るらしい。峠を越えればひと安心、というわけではなさそうだった。

只見湖は雨が強すぎて写真を諦めた。田子倉ダムでは自撮り棒を使い、恒例の一枚を残す。六十里峠に差し掛かる頃には本降りの豪雨になり、「これは通行止めになるパターンでは」と冷や冷やしながら峠を越える。雨の小康状態を見計らって、峠の開通記念碑だけはなんとか撮った。

道に迷いながらたどり着いた小さな手作り村で新米と草餅を、小出駅前の酒屋では以前買いそびれた地酒を、それぞれ知人への土産に買った。自分の分の酒は買わなかった。その代わりに、一合枡をひとつ。七月に買った地酒が、冷蔵庫でずっと出番を待っているのだ。今夜はその酒を、この新しい枡で飲もうと思う。店の名前も、何を買ったかも、こうして書き残しておかないとすぐに記憶から抜け落ちてしまう。レシートを撮ってアップロードするだけでいいのだから、これからはもっとまめに残しておこうと思う。

三国峠の手前、最後にもう一つだけ温泉に入った。地元の人が普段使いにしていそうな共同浴場で、聞けば近隣の外湯五カ所を巡れるお得な入浴券もあるらしい。次に来ることがあるかどうかまだ分からず、その日は見送った。一つも温泉に入らずに帰るのもどうかと思って寄った湯だったが、内湯から見る外の雨に、思いがけず足を止められた。東京で見る雨とは、降り方がどこか違う気がした。降ってくるというより、落ちてきているような。周りに何もない景色だからこそ、そう見えるのかもしれない。三日間で五つ目の湯に浸かりながら、ふと「誰かパートナーでもいたら、この景色も一緒に楽しめたのかもしれない」という思いが頭をよぎったが、それもすぐに、峠を越える算段へと押し流されていった。

峠を二つ越えて、群馬に入る頃になっても、思っていたほどの雨にはならなかった。振り返れば三日間を通して、雨に降られていた時間より晴れ間の方がずっと多かったように思う。台風が来るとわかっていて出かけた割には、拍子抜けするくらい天気には恵まれた旅だった。本当に雨らしい雨が降り出したのは、関東に入ってから――それも埼玉県に差しかかったあたりから、急に本降りになった。台風はやはり、最後の最後まで律儀に追いかけてきていたらしい。

濡れた道を走りながら、もう若い頃のようには疲れが抜けないことを、素直に認めていた。でも、それは悪いことばかりではない気がする。無理をせず早めに帰ると決められるのは、自分の体の「見積もり」を、ようやく正直に読めるようになったということでもあるのだから。

三日間で見たものも、聞いた話も、まだ全部は言葉にしきれていない。観音巡りも、共同浴場も、まだほんの序の口で――この続きは、また今度書くことになる気がしている。

旅のログ

家に戻り着く頃、トリップメーターにはこう出ていた。走行距離813.7km、走行時間20時間10分01秒。途中で二度満たしたタンクは合わせて46.01リットル、7,581円。割ってみると、燃費は17.69km/L。

記憶はすぐに曖昧になるけれど、数字だけは律儀に残ってくれる。けれど、今回いちばん心に残った数字は、トリップメーターの813.7kmではなかった。宿の食堂で再会したあの人が口にした「十九回」という数字だ。十九回通っても、まだ通い続けたくなる町。自分はまだ、数えるほどしか来ていない。観音巡りも、共同浴場も、川霧の渡し船も、入り口に立ったばかりだ。だから、もっと知りたいと思う。次はいつ行こうか。気づけばもう、そんなことを考えている。

皆さんにも、何度でも通いたくなる場所はありますか。

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