AIに外側を任せて壁打ちもしたら、下書き投稿まで終わっていた

投稿者: | 2026年9月1日
書架を背景に、モンキーとジムニーのミニチュアが並ぶ書斎でAIと対話しながらノートパソコンで執筆する男性のイラスト

今日、生成AIのArtifact機能でWordPressの固定ページを作ってもらった。要件を伝えてから、体感では数分でそれらしい構成とデザインが出てきた。この速さと質に、率直に驚いた。

驚いた理由を少し掘り下げてみる。自分はHTMLもCSSも書けない。以前、WordPressをいじって思い通りのページを作ろうとしたことがあるが、覚える途中で挫折した経験がある。これは楽器の話と構造が似ている。中学1年の頃、父親のギターに興味を持ったのがきっかけで、当時流行っていた洋楽やフォーク、ニューミュージックに憧れてギターを始めた。実家が裕福でなく音楽教室には通えなかったので、ギターもブルースハープも独学だった。ところが音楽理論がまるでわからず、コードを覚え、指の形を作り、というところで体力を使い果たしてしまい、肝心の「弾きたい曲を弾く」というところまでたどり着けなかった。本人としては、これはちょっとしたトラウマになっている。

社会人になってから、ジョン・コルトレーンに影響を受けてサックスを始めた。今度は山野音楽教室で数年間、先生についた。すると独学のときとはまるで違って、理論や運指という「外側」の壁を先生が支えてくれるので、演奏そのものに集中できた。転職で忙しくなり教室を辞めてからはサックスに触れていないが、指導者について学ぶことの効果は、その数年間ではっきり体感した。

今日感じたのは、これと同じことがブログの「外側」でも起きているということだった。HTMLやCSSという技術的な壁を自分一人で背負おうとすると、そこで力を使い果たしてしまい、書きたい内容にまで手が回らない。生成AIがその壁を肩代わりしてくれることで、「中身」に体力を残せる。外側の手間が減った分、中身に使えるエネルギーが増える、という単純な話だが、これは体感してみないと実感としてわからない種類のことだったと思う。

ここから、自分のブログ「書架と轍」の運用について考えたことを書いておく。

このブログには元々「日記的な投稿」と「固定ページ」という二つの層がある。日記的な投稿は、読んだ本のこと、バイク(モンキー)のこと、ジムニーのことなど、日々の出来事をつらつら書く柔らかいトーンのものだ。これは自分がnoteでもよく書いている内容と近い。一方で固定ページは、もっと硬い読み物を置く場所にしたいと考えている。

日本では今、noteの方がブログより勢いがあるように見える。noteにはフォローやフォロワーの仕組みがあり、アクセス状況もプラットフォーム側で見える。反応や反響が如実にわかるので、書く側のモチベーションを保ちやすい。対してブログは、誰がどう読んでいるかを知るにも、SEO対策のプラグインなどを能動的に見に行かなければならない。個人ブログ同士のコメントのやり取りやつながりも、今はなかなか作りにくい。今のブログ記事はアフィリエイト目的のものが多く、検索結果の中で個人の発信を見つけること自体が難しくなっている、というのも実感としてある。

だからといって、ブログに可能性がないとは思わない。むしろ、生成AIによって「外側」の技術的コストがほぼゼロに近づいたことで、これまで一部の技術力があるブロガーだけが持っていた「自由に作り込む力」を、誰でも持てるようになったのではないかと考えている。noteの「読まれている実感」とブログの「資産として積み上がっていく強み」は、そもそも別の軸にある。noteで発信を続けつつ、固定ページ側にその自由度を生かした硬いコンテンツを積み上げていく、という役割分担が、今の自分には現実的に思える。

固定ページに何を書くかについては、まだ具体的な候補があるわけではない。ただ、自分は元々ClaudeやGeminiのDeep Research機能で調べ物をするのが好きで、この習慣はそのまま固定ページの題材と相性がいいのではないかと思っている。今までは調べて満足するだけで終わっていたことも、これからは調べて、考えて、時間をかけて組み立てたものとして残す場所ができたことになる。

このブログのコンセプトは「odds and ends」、つまり寄せ集めである。ガラクタが好きで、統一されたテーマで固めるより、雑多なものがそれぞれの魅力を保ったまま並んでいる状態を好んでいる。目指す先を挙げるとすれば、内田樹氏のブログだろうか。到底及ばないとは思うが、扱う話題は武道から教育、政治、日常まで幅広いのに、読んでいると同じ人の思考回路を通って出てきているとわかる一貫性がある。あの厚みは、ネタの統一性ではなく、書いている人の視点や語り口の一貫性によって支えられているのだと思う。だとすれば固定ページの中身も、ネタの選び方よりも、自分なりの切り口で語り続けることの方が近道なのかもしれない。

実はこの記事も、その過程をそのまま辿っている。今日AIと交わした雑談から着想を得て、Claudeに「記事にできそうか」と聞いてみた。すると雑談の内容をまとめて構成し、下書きを一気に書き上げてくれた。読んでみて事実関係の間違い(固定ページ名の勘違い)や文字数の物足りなさを指摘すると、その場で直して出し直してくれる。これを何度か繰り返して、納得のいく形に仕上げていく。

以前であれば、下書きができた後もタイトルを考え、SEOを意識したタグを付け、コピー&ペーストで投稿画面に流し込む、という作業が残っていた。今はFixしたところから、タイトル案・ヘッダー画像・SEOタグ・下書き投稿までを一続きでAIが担ってくれる。手動でやらなければならなかった作業のほとんどが、エージェントとしてのAIに任せられるようになった、ということだ。これはnoteでの発信でも同じことが言える。プラットフォームが違っても、AIが伴走者としてそこにいることで、こちらは中身を考えることに体力を残せる。

この記事自体、今日AIと交わした雑談から生まれたものだ。固定ページに何を書くべきか身構えなくても、こうやって話しているうちに一本の記事になることがある、というのも今日の発見の一つだった。

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